マジレスかプロレスか【YOSHI-HASHIとKENTA】

口火を切ったかに見えたYOSHI-HASHIとKENTAの戦い。

しかし、KENTAの方から「引いた」状況になっています。

このやり取りの焦点は、「マジレスかプロレスか」ということではないか?と私は考えています。

二人の本当の真意はわかりませんが、この焦点について記事にしてみましょう。

※どちらが良い悪いを判断する内容ではありません※

プロレスの境界線とは?

オカダ・カズチカ

プロレスラーには2種類の人間がいると思います。

家を出て家に帰るまでプロレスラーに徹するレスラーと、それ以外。

例えば、この間の

『NJPW Together オカダ・カズチカ✕武井壮 スペシャルトーク』

にて、武井壮が「こんなこと言っちゃ駄目かな」という気遣いに対して、オカダ・カズチカが「いや、大丈夫っすよ」と返すやり取り。

多分武井壮なりにオカダ・カズチカのキャラクターを意識しての気遣いだったとは思いますが、オカダは割とナチュラルに応答していましたね。

エンターテイメントということも「はい」とは言わないまでも受け入れていた様子。

オカダにはギリギリの線を超えない煙に巻く上手さがある感じもしました。

この、ある意味隙のなさが「家を出て家に帰るまでプロレスラー」であると思います。

では、それ以外とは何か?

マジレス

レスラーとファンのTwitterでの論争。

最近の代表的なものと言えば、KENTAとファンのやりとり。KENTAの相手に論破させないディベートスキルに注目が集まりましたが、どこかで会話の「出口」を作る良心も見せていたKENTA。それは「見せる側」としての「ファン」への気遣いだったと思います。

そして今回のYOSHI-HASHIとのやりとり。

「見せる側」と「見せる側」同士の、Twitterという多くの人が見るメディア上でのやり取りでしたが、そこに「マジレス」が入ってしまったことによりKENTAの興味は失われてしまった気がします。

勿論、YOSHI-HASHIの

という意見も正しい。人として間違いない意見です。

要するに、これはお互いの考え方の違いから起きたズレです。

「人前に立つ人間」というものに対し

プロレスラーとして人前に立つ人間(見せるが側の人間)

プロレスラー以前に一人の大人として人前に立つ人間(一人の人間)

の違いです。

KENTAは、YOSHI-HASHIの「人として間違いない意見」に、プロレスラー=見せる者同士としての「もう一言」が欲しかったのでは?

その「もう一言」があるかないかが、家を出て家に帰るまでプロレスラーに徹するレスラーと、それ以外を分かつものなのかも知れません。※私はそれでプロレスラーとしての優劣は決まるとは思ってませんけれど※

真面目で優しい人間、YOSHI-HASHI

繰り返しになりますが、YOSHI-HASHIは人として間違いない良識を持っており、優しくて、真面目な人間であり、プロレスラーです。日記の中ですら先輩に「しておられ」などの言葉遣いができるなんて、なかなかない。

しかし、KENTAもまた人として間違いない良識を持っているからこそ、ファンと口論をしてもどこかに「出口」を作れるのしょう。

YOSHI-HASHIの「自覚持たなきゃならん」発言に対して、KENTAは「いや、それ自覚している上でネタにしてるんだけど」という気持ちのはず。

いわばKENTAは

人としての道徳は分かっていながらも、リスク承知でプロレスラーとしての自覚を優先した

ということです。※「ヒールは実は良い人説」ってそういうことですよね?※

今回のYOSHI-HASHIとKENTAのやり取りは、優しくそして真面目なYOSHI-HASHIの「マジレス」が生んだすれ違いでしょう。

ただ…

こんな風に記事を書いていると、もしかするとこれもYOSHI-HASHIとKENTAの手の平の上なのでは?と気づく自分も…。すでにこの先この二人がどうなっていくのか気になっていますからね。

YOSHI-HASHIとKENTAに続きはあるの?

多分、先を見据えてのKENTAからの挑発だったのでしょうが、一旦停止してしまった感のあるYOSHI-HASHIとKENTAのプロレス。

私はさりげなくYOSHI-HASHIのバレクラ入りのフラグかな?と思ったんですけどね…w

Twitter上でまたプロレスは再開されるのか、あるいはリング上でぶつかるのか否か。

私としては、これだけ価値観の違いをファンに見せておきながら、YOSHI-HASHIが壮大にファンを裏切る姿も見てみたいですね。

「全然真面目でも優しくもないじゃん!」って思わせてもらえたら、最高に面白いかも。