【相次ぐプロレス興行中止】「当たり前はない」という現実から得られるもの

 

 

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春の選抜高校野球も中止となり、コロナウィルスのが与える現実を目の当たりにした昨日。

様々なライブイベントが中止になる中、プロレス興行にとっても例外ではありません。

人の生き死にや職の有る無しなど、緊張感が伴う事柄に関しては私たちも緊張感を持って接しますが、こと娯楽などに関してはその緊張感が希薄のような気がします。

少なくとも私個人としては

「あぁ、プロレスが見れるって当たり前のことじゃないんだな」

と感じた次第です。

ただ、だからこそこの現実から得れるものも考えてみたい。

(画像出典:フリー素材)

 

 

「当たり前はない」という現実

幻想の中に生きる

ものすごくベタな表現になりますが、人間は必ず死ぬとわかっていながら、毎日その恐怖におびえ生きるわけはありません。

永遠というものは存在しませんが、無意識にどこかにそれがある気もする。

やや大げさな表現になりましたが、そこにあるものが永遠に存在し続けるなどまずあり得ません。

普段何気なく見ることの出来たプロレス。会場やライブ配信で当たり前のように楽しめたそれが今はありません。

心のどこかで「いつでも見れる」という幻想は、今回のコロナウィルスの件で完全になくなってしまったと思います。

しかし、それは夢から覚めたというポジティブな表現にも置き換えられるのではないでしょうか?

 

 

興行の難しさを知る

プロレスは興行主催側と観客が折りなすライブエンターテイメントです。

なので、興行主催側にはファンの心理とは違った別の現実があることは確かです。

興行収入が得られないということは、ライブエンターテイメントにとって致命的なこと。

今回の相次ぐ大会中止をきっかけに、プロレスが見れるということは簡単なことではない、ことを改めて実感された方も多いでしょう。

だからこそ、一回一回の興行が大事であり、マナーやルールなども遵守して行くべきなのかも知れません。

 

 

 

”自分”を大事にするということ 

このようにブログを書いていると、妙な客観性が出てきてまるでコロナウィルスが自分のことではないように錯覚してしまうことも。

他人のことを心配する前にまずは自分自身をしっかるすることも大事です。

「手洗いうがい!元気!元気!」

という高橋ヒロムの言葉。なんとなくこの言葉がリフレインし、「手洗いうがいしなきゃ」といつも以上に意識してしまうのは、高橋ヒロムのおかげでしょう。

飯伏幸太ツイッターにて

とつぶやきました。

彼も書いている通り、まずは個々人がカラダに気をつけることがコロナウィルスの蔓延を防ぎ、興行再開へとつながっていくものになるはずです。

 

 

「当たり前はない」という現実から学ぶ

プロレス興行、或いは娯楽に限らず、このような緊急事態には当たり前のことが当たり前ではなくなってしまいます。

いつ終息するかわからないコロナウィルスですが、この「当たり前はない」という現実を受け止め、終息後の生活に活かしていきたいものです。

このブログを読んで頂いているあなたが、私には誰かわかりません。

しかし、ブログに目を通して頂いているというただ一点のつながりでも、私は感謝の気持ちでいっぱいです。

同じプロレスファンとして、細心の注意を払いながらこの状況を乗り越えていきましょう。

 


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