【“邪魔をしない”という美学】 タイガー服部がレフェリーを引退

 

 

f:id:desfleurs:20200219195334j:plain

豪華ゲストも現れ温かいムードに包まれた昨日の後楽園ホール

タイガー服部レフェリー引退記念大会

と銘打たれたこの興行は、しめっぽい感じはなく、長くレフェリーを務めそれを「やり切った」タイガー服部レフェリーに対する「お疲れ様でした」という笑顔が溢れていました。

プロレスを“ユニークなスポーツ”と例え、それをリング上で何十年も裁いてきた彼。

あくまでもレフェリーを引退なので、興行の部分では新日本プロレスと関わりを継続していくらしいですが、いちプロレスファンとして改めて「お疲れ様でした」と言いたい。

(画像出典:新日本プロレス 公式サイト)

 

 

“邪魔をしない”という美学

レスラーファースト

私はこのブログを書くにあたって、レフェリーに特化した記事をかけないかと思いました。

レジェンド級のレフェリーの引退だから、それなりの記事を書きたい。

ですが、これはタイガー服部レフェリーだけではなく、その他レフェリーも含め、なかなかレフェリングが思い出せない。

これは印象が薄い、ということではなく、いかにレフェリーがレスラーの活躍にスポットライトを当てるかに徹しているかの証ではないでしょうか。

タイガー服部がいう「選手の邪魔」というのは、攻防の妨げという意味もあれば、選手よりも目立たない、という意味もあると思います。

細かなシーンを拾っていけばレフェリーの名場面は作れるでしょう。

しかし、目立たないことこそが、レフェリーにとっての名誉なのかも知れません。

 

 

“ユニークなスポーツ”と厳格さの中で

プロレスというジャンルにはジャンル特有の不思議な部分がある。

タイガー服部はそれを“ユニークなスポーツ”と言い、

アントニオ猪木は“格闘芸術”と言い、

ケニー・オメガは“ART”と言う。

他にも沢山の例えは存在するでしょうが、全てが間違いと言い切れないのもまたプロレスの魅力です。

ようするに個々人の中に多様なプロレス観があって良いということ。

しかしながら、それを捌くレフェリーは厳格でなくてはいけない。

プロレスという特異なジャンルの中で、レフェリーがよりリアルに近い厳格さを持っていなければ、そもそもプロレスは成り立ちませんからね。

どこからがプロレスで、どこからがそうじゃないのか、そういったレスラーの感情を注意深く察知する能力もレフェリーには問われます。

最近では試合中の“シュート”や“セメント”はの類は見かけませんが、昔は相当大変だったはずですよね。

 

 

 

 

引退が次ぐ新日本 リング上での新陳代謝はいかに?

新たな刺激は生まれるのか?

引退という文字が定期的に見られるようになった昨今の新日本プロレス

若返っていくはずのリング上ですが、その部分においてはまだ新陳代謝は見られない様子。

ベルトの有無に左右されない絶対的な存在であるオカダ・カズチカ内藤哲也を揺るがす存在は現れるのか?

それがSANADAなのか飯伏なのか、はたまたまったく違う方向からすい星のごとく現れる未だ見ぬレスラーなのか。

タイガー服部は棚橋弘至オカダ・カズチカを特に称賛していますが、そのタイガー服部ですら全く予想できないようなタイプのレスラーが活躍するのも面白い。

私個人的には、愚民どもをひれ伏せさせる「彼」の存在が特に楽しみですね。いつ帰ってくるのかわからないけど。

 

 

伝説を裁き、伝説を作る

タイガー服部レフェリーの引退に関して作られたVTRを観ると、そこに登場するレスラーはほとんど「伝説」といっても良いような存在ばかりです。

そういった華やかな猛者たちのレフェリングから、低迷した新日本プロレスの暗黒時代を経て、現在に至る隆盛を見守ってくれたタイガー服部レフェリー。

その存在がなければ、棚橋弘至も、オカダ・カズチカもここまでのレスラーになれなかったかも知れない。

いつか棚橋やオカダが伝説と語られる時、そこにはきっとタイガー服部の名も併せて語られることでしょう。

本当にお疲れ様でした。

 


プロレスランキング

 

 
スポンサーリンク