プロレス時評

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【超現実を生きる】 高橋ヒロムの『ムー』インタビューを読んで

現実と非現実

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皆さんは『ムー』の高橋ヒロムのインタビューは読みましたか?

書いている内容や語句を単純に拾えば、ややオカルト色のあるユニークなインタビューとも言うことが出来るでしょう。

解釈は人それぞれかも知れませんが、僕は高橋ヒロムに対する「感謝」の気持ちが沸いてきましたね。

繰り出されるオカルト愛

『地獄先生ぬ~べ~』、『霊刻 -池田貴族心霊研究所-』、『ムー』、ノストラダムスの大予言、地球空洞論、メキシコでのUFO体験、UMA…

高橋ヒロムがいかにオカルトとともに人生を歩んできたかという濃い内容で埋め尽くされた記事。

オカルトと聞くと

「何それ?怖」

とか

「お前…大丈夫か?」

と思う方もいるとは思います。

オカルト=神秘=非現実。

しかしながら、高橋ヒロムの記事を読んでいると、その非現実な言葉の羅列に妙に納得してしまう何かがあるんですよね。

大怪我を超えて

インタビューの中には、リュウ・リー(ドラゴン・リー)戦で負った大怪我についても語られています。

「よく生きてたな」

「あれだけ動いて神経に障らなかったのは本当に奇跡だよ」

と医者に言われるほどの大怪我を負いながらも

これで負けたら引退だな。引退なら、担架で運ばれて引退するのは嫌だな。それならここで止められて引退じゃなく、最後まで戦って引退したいなとか……本当にいろんなことを一瞬で考えました。

(引用:『ムーPLUS』インタビューより)

最後まで戦った高橋ヒロム。

人間としての生死と、レスラーとしての生死を同時に抱えながら試合をするということは、並大抵のことではありませんよね。

こういった彼の死生観をオカルトと結びつけるのはやや安易かも知れませんが、やはりプロレスラーはどこか超越したものがないと出来ない職業なんだな、と思ったりもしました。

死ぬかも知れない技をあえて受けるなんて、普通 の人にはできませんからね。

運命 内藤哲也と高橋ヒロム

骨折も復活もすべて決まっていたこと

自分の中では折れたってことはプラスになったと思ってるし、プラスにしなければいけない。やっちゃったものはやっちゃったんで、これをどういう意味にするかは、自分次第。

(引用:『ムーPLUS』インタビューより)

「Mi estilo de Vida son el ”destino” 俺の生き方は全て運命」

内藤哲也の言葉ではありませんが、自分の不遇をどういう風に解釈するかは非常に大事なことですよね。

「結果が出たから運命と言えるのだろう、後付けだ」

という見方もあるかも知れませんが、結果を出すまでの行動に踏み切るには、やはりそれまでの考え方では前に進めません。

「おいおい神様、なかなかのシナリオだな、このあと、すげえのを用意してくれてるんだろうな!」って未来に期待しながら過ごしてました。

(引用:『ムーPLUS』インタビューより)

結果的にIWGPjrヘビーのベルトを掴んだ高橋ヒロム。

僕は彼がベルトを獲ったことよりも、復帰後初めて姿を現した時のファンの大歓声が

「すげえの」

に値したのではないかと思っています。

プロレスラーは超人であり、超現実的な存在

僕はこの記事の最初の方で、高橋ヒロムの「非現実な言葉の羅列に妙に納得してしまう何かがある」と書きました。

インタビューの中で

自分がこういう考えになれたのって「ムー」のおかげだと思ってます。

(引用:『ムーPLUS』インタビューより)

と言い切った高橋ヒロム。

これは言い換えると「超現実的なもののおかげ」とも読み取れると思います。

これは単に「何かを信じて生きる」という宗教的な意味合いではなく、超現実の世界を見せるプロレスラーとしての高橋ヒロムの生き方とも、共通する何かがあるのではないでしょうか。

そしてまた、彼が「ムー」に感謝するように、僕たちファンもまた「超現実的なもの」を見せてくるプロレスラーに感謝しなければいけないのかも知れませんね。